鬱なりかけからの再出発日記

なんとか生かされてるから生き延びたいです

社会人になり半年が経過しました

社会は厳しい、甘くない、きついっていうイメージを払拭しようと社会人をやっってるわけだが、

 

正直、そんなにきつくない。

 

人間関係に恵まれているのはあると思う。

 

どんな仕事内容かっていうよりも、どんな上司や先輩と仕事をするのかという方がはるかに重要だということは思い知らされた。

 

親や教師はいい大学、いい会社に入れと言う。

 

その理由をこの半年の経験から察するに、いい人に巡り合う確率が高いからであろうと思う。

 

社会には色々な人がいる。どうしても気に入らない人でも、同じ担当に配属されれば数年という単位で毎日を過ごさなくてはならない。

 

いかに持続的に、自らの仕事のペースを乱さず、日々の生活を整えていくかっていうのは、とても難しい。

 

どうしようもない時っていうのが今後絶対にくると思う。今は偶然そういう状況になっていないだけだ。

 

だから、全然安心はできないし、していない。

 

これから生き延びていくためには、どうしたらいいのかずっと考えてる。

 

給料、ライフワークバランス、適度な運動、睡眠、食事。

 

社会人の日常はとてもシンプルで、自らがまるで機械のようであると錯覚する場面も多い。

 

変わらない日常と孤独と束の間の幻想的な触れ合い。

 

この半年は幻みたいで、この半年を過ごした自分は、自分ではないという感触もある。

 

働いている自分をより自覚的に、認識できる日が来て欲しいと思う。

 

でもまぁ、寂しいのはずっと寂しいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完璧主義になった理由を考えてたら泣いた

私は完璧主義だ。入庁式の日に提出する作文が一晩かけても書けないくらいには完璧主義である。

 

思えば、高校時代の宿題も、テスト勉強も、大学のレポートも、就活も、締め切りギリギリまでやって、忙しなく仕上げる。いつもバタバタだ。

 

グーグル先生に「完璧主義 原因」で質問してみたら、幼少期の環境において親に結果しか評価してもらえなかった経験が原因なことがあるよう。

 

その流れで、そうした結果しか評価しないことを反省する母親のブログのようなものに行き着いたのだが、そこに書かれていた内容が泣けた。

 

その方の息子さんは高校を卒業する歳で、成績も中の下、学校もサボりがち、となかなか世話の焼ける子供だったらしい。

 

でも、その母親はこう書いていた。

 

「いつも結果ばかり見ていたね。点数が低くても、不登校がちでも頑張っていたんだよね。よく頑張ったよ。本当によく頑張った。卒業おめでとう。」

 

これまでの自分と重なって本当に泣いてしまった。こんなこと言って欲しかったと思ってしまった。

 

成績も良くないし、ゲームしてばっかだし、自制心もないし、ダメダメな人間だけど、

 

頑張ってる。頑張ってきた。自分なりに。

 

親は認めてくれないし、この先も認めてくれることはないんだろうけど、せめて自分で自分を認めたい。

 

よく頑張ったよ、と認めてまた次の一歩を踏み出したい。

 

多分、これから社会人になっても完璧主義は継続するんだろうが、少しずつでも改善させていきたい。他者の評価を気にせず、のびのびとやっていきたい。

 

そのためにも、一人暮らしをして親のことを気にしなくていい環境を作ることも重要であると思っている。

 

一人暮らしをして、自立して、自分の気持ちに向き合って行ければいいな。

 

そのためにも、働く。

 

自分のために、働く。

 

忘れないようにしたい。

 

 

走る。心の健康のために。

ストレス社会の日本において、心の健康を保つことが何より重要だと思う。就活を経験して、より強くそう感じるようになった。

 

心が健康でないと、何もできない。

 

ストレス発散の手段は色々とあるが、最近注目しているのはマインドフルネスというやつ。

 

呼吸をする際、お腹が膨らみ縮んでいくことに意識を集中させ、それを一定時間続けるというものだ。

 

呼吸じゃなくても、歩いている時の足が地面について離れるという繰り返しに意識を集中させるくらいでも有効なそうだ。身体の動きに意識を集中させるということだろうか。

 

私はこのマインドフルネスとランニングを組み合わせている。

 

どれくらい効果があるかわからないが、情報過多な現代において、情報から離れて心を落ち着かせる時間はとても有意義なものだと思う。

 

心も身体も、健康な状態でいたい。

 

今日も今からランニング兼マインドフルネスを実践してきます。

 

ランニングに関しては、愛用しているナイキのアプリがとてもおすすめなので、またいつか紹介します。

 

 

彼女の寂しさ

昨晩、ついに彼女からもう限界であるという旨の言葉を言われた。

 

私が時間の無駄であると感じてしまっていることは完全に見透かされていた。

 

もう何も隠せないし、隠そうという気もないが、どうしたらいいかわからない。

 

寂しいから一緒にいるだけのように感じられる。

 

お互いを消費しあって、なんとかギリギリのラインでやっている感じだ。

 

そもそも時間の無駄というのがよくわからない。無駄になるかどうかは死ぬまでわからない。

 

ただ同じ時間を同じ場所で過ごすというだけのことで、その人でなくてはならないという思い込みを私は避けたい。

 

彼女はそうのような点において、まだ夢がある。希望がある。運命の人はいるし、誠実な男性は絶対にいると思っている。

 

夢も希望もない私の世界に彼女を連れ込んでしまった罪をどう償えばいいのか。

 

心が乾いてしまっている。

 

感謝の気持ちだけでは続かなそうだ。

 

だが、一晩も眠れば、今まで通り彼女の寂しさを埋めるために私の時間は消費される。

 

 

 

 

 

昨日今日のことを浅く広く記録しておく

昨日と今日、彼女とバレンタインデーを過ごした。

 

小川町で待ち合わせをして、スノーボード関連の買い物をして、そこから東京駅まで寒空の下、フラフラと歩いた。

 

三菱銀行がカフェになった空間で食事をし、そのまま帰ることのできない僕らは山手線で上野駅へ。

 

上野に着いたが、目的地はなくフラフラし続ける。寒い。手が凍りそうになる。

 

そして、宿を探し始める。ビジネスホテルは高いので、ラブホテルへ。バレンタインチョコを戴いた。美味しかった。ホテル自体もそれなりに綺麗で、ぐっすり眠れた。

 

そして、今日。

 

上野公園を散歩したり、美術館を巡ったりした。美術館では宗教的な作品が多く、宗教と芸術の関係について考えるいい機会になった。

 

そこから彼女が行きたがっていた浅草へタクシーで向かった。

 

浅草では蕎麦を食べて、雷門をみて、仲見世通りを歩き、浅草寺にも行った。五重塔は工事中で見れなかった。

 

あと、彼女が食べたがっていたみたらし団子が売り切れで食べられなかった。その代わりに熱々のたい焼きを食べた。外側がカリッとしていておいしかった。

 

浅草の夜は早く、20時を前にほとんどの店がシャッターを閉める。行くところもなく、酒も飲めない僕らは、寒さから逃げるように銀座線に飛び乗った。

 

行き先もわからぬまま、電車の椅子に座る。気づいたら渋谷にいた。一日中歩き回った疲れで、二人して一瞬で眠ってしまった。

 

渋谷でも寒さがひどくて、外を出歩く気分になれずに、駅直結のカフェでコーヒーを飲んだ。

 

隣に座っていた起業家のような男性が意気揚々と話す事業プランなどの話に、無意識に聞き入る。

 

彼女の話が頭に入ってこない。最近の悩みが象徴的に現れた場面だった。彼女への敬意がなくなってしまったのか。

 

彼女への尊敬の度合いは二人の関係に様々な変化をもたらす。尊敬がなければ、彼女は悲しむ。

 

尊敬と愛の区別がよくわからない。愛もわからない。

 

わからないことだらけの毎日。

 

 

 

*書きたいことが多すぎて、うまくまとめられない。こんなに書きたいことがあるなんて驚きだ。自分の内側に溜まっていたエネルギーを感じる、、。というか、いっそのこと気がすむまで書き続けてみようかな。

 

 

 

 

有意義なことって何だろう

社会様からお声がかかるまで、静かにその時を待っている。

 

人生は有限であって、時間は有限だ。

 

社会人になるまでの時間をどのように消費するべきか考えているが、なかなか納得のいく答えは出ない。

 

卒業旅行と称して、国内や海外を旅する友人は多い。それが普通だ。

 

一方、家でテレビゲームをしていると、そんなものは時間の無駄だ、と言われる。

 

私の両親は、ゲームは何の価値も生まない、この世で最も無意味なものであると言い続けてきた。

 

勉強や部活が最も時間を有意義に使うことのできるものであると。

 

「そういうものだ。」という自己暗示をかけてきた。親の言うことは完全に正しいと、何の疑いも疑問も感じないで、これまで生きてきた。

 

それが幼い私が肌で感じ取った、最も快適に、平穏に生きていく術だった。

 

自分よりも何十年も人生経験豊富な両親の言葉は、ほとんど正解に近いものなんだろうが、どうもそれだけではダメらしい、というのが最近分かってきた。

 

少しづつでも、自身の内側に耳を向けて、自らの声を探し出す。これがやはり重要なようである。

 

自我の目覚めを抑制され続けてきた自分を認めて、少しづつでも自己の輪郭を作っていく必要がある。

 

ゲームが無駄で、勉強は有意義であるという考え方の土台には、それが自己成長に寄与するか否かというのがあるように思う。

 

すると、自己成長とは何か、という問いにぶつかる。人生は死ぬまで自己成長をし続けなくてはならないのだろうか。

 

思い返すと、私は自分の意思とは関係のない次元で、成長してきた。自分のやりたいようにやっていたら、成長できない人間だった。ゲームばかりしていて。

 

親が強制的に勉強をさせていなければ、大学4年生の自分はいない。とにかく、「そういうものだ。」と考えて成長してきた。

 

他者によって育てられることは、自己成長という言葉に含まれるのだろうか。他者成長?となるのだろうか。

 

辞書にはこうある。

 

自己成長

”自分で努力して、成長していくこと。自ら促して成長していくこと。”

 

この定義からいくと、今までやってきた受験勉強とか、そういうものは自己成長ではない。自己成長でないのなら、有意義でないということになる、、

 

じゃあ有意義って何なんだ。

 

金稼ぐことが意義であり、価値ということなら全ての辻褄が合うか?

 

そうしたら自己成長なんて虚像で、金を稼ぐことだけが意義であり、どうしたら金を稼げるのか他者に言われたことを”自ら促して””自分で努力して”やっていくしかないということだろうか。

 

誰かが考えた有意義なものに時間を費やし、誰かが決めた幸せを享受し、「まぁ、そういうものだ。」と思いながら死んでいくんでしょうか。

 

何のために生きているんだろう。

 

正直、ゲームをやることにも虚無感を感じている。なんの意味があるのだろう、と最近は感じている。同時に、彼女と過ごしたり、旅行に行ったり、スノーボードをしている時も、何のためにやっているのかわからなくなる。

 

というか、無駄な気がしてしまう。何をやっても結局は自己満足であり、死んでしまえば全て失う。

 

ほとんどのことに意味がなくなってしまった。

 

「そういうものだ。」と諦めて、働いて働いて、何とかして生き続けるだけか。

 

金を稼いで、生きているということだけが揺るぎない意義なのだろうか。

 

 

 

就活でうつ病寸前になりましたという話

やっと就活が終わりました。長かった。1年以上かかりました。

 

なぜ合格したのか、よくわからないけど、終わりは終わり。

 

健康診断やら色々とイベントがあって、休む暇もなく4月から新社会人ってやつだ。せわしない、、

 

直近の悩みは残りの学生生活どうしようってことだが、お金ないから卒業旅行にも行けないし、とりあえず生かされている毎日に感謝って感じだ。

 

そんでまぁ、ここで記録しておくべきことは、就活を通じて生まれて初めて精神を病んだっていうことに尽きる。なってみないと分からないことって存在するんだな、と初めて感じた。正直かなり辛かった。

 

どこから書いたらいいのか分からんが、とにかく私は精神を病みました。体重は7キロ落ちて、客観的にみてもうつ病に近い症状だったと思う。

 

原因はもちろん就活なんだけど、よくよく考えるといつ病んでもおかしくない状態で就活を迎えて、就活を機に発症したというか、そういう感じ。

 

で、何が引き金になったかというと、『自己分析』っていうアレ。全員やらされるアレ。学生時代を振り返って、自分を売り込めるエピソードを見つけ出そうってやつ。

 

御多分に洩れず自分も自己分析に取り組みました。

 

で、冗談抜きに何一つ誇れるものがなかった。いや、厳密には『ない』って思い込んだ。

 

遊んで、バイトして、楽単とってギリギリ進級って感じで。サークルは一応入っていたけど完全飲みサーだし、ゼミもそこまでガチじゃないし、資格もTOEIC受けたけど大したことない点数で。

 

今思えば、みんなそんなもんだろって思えるけど、その時は人生終了って思った。面接で何も話せることがないからね。

 

そんなもんだから志望業界も、自分がいきたい業界なんて行けるわけないと思って、いつまでも決められなかった。

 

それで、そんな何もない自分が本当に情けなくて、毎日恨んだ。寝ても起きても自分を責めた。お前には夢を追う資格なんてないんだよって自分で自分に囁き続けた。

 

そして、これまでの全てが無意味になってしまうと思った。自分なりに最低限の努力はしてきたつもりだったのに、全部なかったことになると思った。

 

そんな日々が続き、知らぬ間に精神が蝕まれていった。

 

たくさんのお金をかけ育ててくれた両親に申し訳なくて、泣きながら土下座をした。

 

その辺から体重が減っていき、身動きが取れなくなってしまった。

 

それが大体5月くらいで、内定が出始める人がいた時期だった。そんな時期に、何も決められず両親に泣いて土下座してるんだから普通じゃない、、

 

そこで母親に精神科を勧められて、病院で先生に話を聞いてもらって、薬も少し飲んでみるが、ほとんど効果を感じられなかった。今思えば、薬に頼らなくてよかったと思える。

 

そこからは、しっかり休んで治そうと考えた。前期の授業に出てみたり、勉強してみたりして気分を紛らわした。

 

しかし、頭の片隅で就活の二文字は消えず、完全に休むということはできなかった。散歩しても、友達と飲んでも、就活の二文字は消えなかった。

 

前期の試験も終わり、両親からここを受けてみたらっていうアドバイスが入って、何社か受けに行った。もう自分の意思で受験しにいくことができなかった。

 

社会はうつ病寸前の人間を待ってはくれないし、このままぼーっとしていたら新卒の肩書きを失う。自分はレールから落ちることが許されない国にいる。そう思っていた。そのまま、とにかく説明会や面接に足を運んだ。

 

で、そこから紆余曲折あって、つい先日内定の連絡が来た。決まったのは1月後半で、決まらないまま卒業する可能性は大いにあったのだけれど。

 

自分はうつ病寸前のまま、様子を見ながら就活して、内定した。正直、よくわからない。これが正解だったかも、わからない。

 

でも、多くの人に支えられて今があるのは揺るぎない事実であって、自分のしてきたことを正解にしていきたいとは思ってる。周りの人の為にも。

 

かなり大胆に端折ってしまったけど、就活で精神を病んでしまった人間のほんの一例として、ネットに置いておこうと思う。

 

自分みたいな人間が、同じように困っている人の力になりたいなんて偉そうなことは言えないけれど、一つ言いたいのは

 

就活ごときで人生終了しない

 

ってことです。

 

下手くそな文章しか書けなくてすみません。以上です。